僕のこと
柏葉 勇斗(かしわば ゆうと/かっしー)
いまは、探究型学習塾の講師として授業をつくりながら、個人の活動として、不登校の子とそのご家族に伴走しています。
僕も不登校を経験しました。
不登校の時代、親子ともども絶望した経験があっても——今は普通に働き、普通に暮らせています。自分で行きたいと思った大学に進み、そこで大事な人たちと出会い、絆を育み、「やりたい」と「得意」と「人に喜ばれる」が重なる天職に出会って、充実した日々を過ごせています。そんな人間もいる。だから、絶望する必要はない。未来は真っ暗ではなく、希望はある。
僕も、小学校で一度、中学校でもまた、学校に行けなくなりました。「いい子」でいることをやめたら、親は自分に向き合ってくれるのではないか。——小学2年生なりに必死に考えて、「ベッドから起き上がらない」を選んだのが最初でした。
その間、家に通ってくれた大学生の家庭教師が2人います。いきなり勉強を押し付けることはせず、まずはただ、隣で同じ時間を過ごしてくれました。好きなカードゲームの遊び相手になってくれたり、キャッチボールをしてくれたり、ハマっているゲームや音楽を一緒に楽しんでくれたり。ときには、ドラえもんを読んで芽生えた「どうしてこの秘密道具は作れないの?」という疑問に、大学院レベルの専門知識で真摯に向き合ってくれました。勉強のやり方は、そのついでに手に入りました。
家族以外の大人が、ただ隣で寄り添ってくれた。その時間に救われた。できないことが分かった分、できることが絞れた——それが僕の原点です。
大学生のころには、不登校の子のための家庭教師として、ひとつのご家庭に2年あまり通いました。「今日は何もする気にならない」と言う日は、一緒に散歩をして、ラーメンを食べて、人生の話をしました。その子はいま、料理人になりたいという夢を見つけて、ホテルに就職し、その道を歩み始めています。
探究型学習塾で、子どもたちに世界の美しさや面白さに触れてもらう授業をつくるなかで、原点にあたるこの仕事がしたいという思いが消えずに立ち上がってきて、この活動を始めました。
経歴
1997年8月27日、東京都江戸川区生まれ。5歳から18歳まで札幌で育つ。子どものころは野球少年。池上学院高等学校(通信制)に進学し、1年の浪人を経て、興味のあった脳について学べる同志社大学 生命医科学部 医情報学科へ。卒業後、アルバイトをきっかけに、天職だと思える教育の仕事に出会う。
最近は、AIを使って、自分の苦手を根性ではなく仕組みで乗り越える生活づくりにハマっている。